1 00:00:23,360 --> 00:00:25,260 絶対できないということは 2 00:00:25,330 --> 00:00:29,100 最終的には物理的に強制する要素を 3 00:00:29,630 --> 00:00:33,630 そこから取り除くことができないだ いう考え方 4 00:00:33,960 --> 00:00:36,400 これは、人類の歴史と共に 5 00:00:36,630 --> 00:00:43,460 そのどれだけ政教的に指示される側 は議論があるけれども 6 00:00:43,700 --> 00:00:47,030 なかなか、なくならない考え方 7 00:00:47,160 --> 00:00:53,160 先程、森田さんのお話 をリファーすれば 8 00:00:53,700 --> 00:00:59,560 共存というものの一番限界 状況というものに遭遇した時に 9 00:00:59,900 --> 00:01:08,160 尚且つ、BがXを行うようにする 10 00:01:08,560 --> 00:01:13,930 それほしょうするものとして 力、強制力、いうものを 11 00:01:14,360 --> 00:01:21,060 権力の欠かすこともできない 要素として位置づけあるいうのが 12 00:01:21,200 --> 00:01:23,330 このような とらえかたであります 13 00:01:26,360 --> 00:01:28,100 ということになりますと 14 00:01:29,860 --> 00:01:32,730 こういう人の議論を見るとですね 15 00:01:32,960 --> 00:01:35,060 そういう要素が伺えるわけです 16 00:01:35,130 --> 00:01:37,260 そういう言葉ばかりと いったわけじゃないども 17 00:01:37,330 --> 00:01:42,000 そのマックス・ウェーバーの中にも そういう要素が分けてありますが 18 00:01:42,000 --> 00:01:44,760 いずれに これを勉強してみてください 19 00:01:45,830 --> 00:01:50,160 こういう 権力のとらえ方をみますと 20 00:01:50,500 --> 00:01:54,560 権力というのはいやだなーという 考え方が出てまいります 21 00:01:55,130 --> 00:02:00,500 権力は自由を侵害するものだと 権力はなくすべきだと 22 00:02:00,600 --> 00:02:03,000 自由のために 権力をなくすべきだと 23 00:02:03,100 --> 00:02:06,830 いう考え方が当然 人間の中から出てきます 24 00:02:07,600 --> 00:02:11,160 我々は 権力からの自由というものこそ 25 00:02:11,260 --> 00:02:14,130 自由だというふうに考えると 26 00:02:14,300 --> 00:02:18,000 だから権力というものなければない ほど我々は自由なんだと 27 00:02:18,530 --> 00:02:21,660 いう考え方が当然、出てまいります 28 00:02:22,530 --> 00:02:26,560 権力のない状態を望みたい 29 00:02:26,800 --> 00:02:31,160 そうすると 自由が全面的に開花すると 30 00:02:32,100 --> 00:02:34,960 そしてもちろん 他の人間がいるわけでしょうから 31 00:02:35,030 --> 00:02:39,030 権力なきの共存状態が 人間の理想だというと 32 00:02:39,130 --> 00:02:41,730 これが アナーキズムみたいな考え方になる 33 00:02:41,800 --> 00:02:43,760 こういう思想はたくさんある 34 00:02:44,260 --> 00:02:49,260 権力のない状態 自由が全面的に開花される 35 00:02:49,500 --> 00:02:52,530 しかもお互いに仲良く生きていけ 共存できる状態 36 00:02:52,960 --> 00:02:54,900 これは人類の理想ではないか 37 00:02:55,000 --> 00:03:01,000 あるいはその権力のない状態 38 00:03:01,060 --> 00:03:04,060 今日よりポピュラーなのは 39 00:03:04,130 --> 00:03:08,230 市場マーケットというものは 権力のない状態じゃないかと 40 00:03:08,960 --> 00:03:13,800 何やら日本の中心部でもそれらしい メッセージが沢山出てきてる 41 00:03:14,300 --> 00:03:16,100 本当か嘘か知らないけれども 42 00:03:16,200 --> 00:03:18,900 これは原さんに 聞いてもらいたいけれども 43 00:03:19,000 --> 00:03:23,500 権力というのはない状態は 市場と言うのは権力のあそこは 44 00:03:24,200 --> 00:03:28,230 人間がボランタリー進んで 自発的に物事を 45 00:03:28,300 --> 00:03:31,700 物を売ったり買ったり する世界なんて 46 00:03:31,760 --> 00:03:35,630 ないも強制されて売ったり 買ったりしてるわけではない 47 00:03:36,300 --> 00:03:42,660 皆、自由をお互いにその自由を 全面的に把握して結果として 48 00:03:42,830 --> 00:03:47,230 市場というものは成り立てると いう考え方 49 00:03:47,300 --> 00:03:52,530 これは自由主義のある種の流れ の中にの考え方ですね 50 00:03:52,760 --> 00:03:55,300 ですから、今 日本で言われてるように 51 00:03:55,360 --> 00:03:59,900 政府は規制を加える、強制を加える 52 00:04:00,260 --> 00:04:04,730 これは非常に まさに権力の行使なんだから 53 00:04:05,100 --> 00:04:10,500 これできるだけ小さくして それが自由が広がり 54 00:04:10,800 --> 00:04:14,030 もっと言えば、民営化であるとか 55 00:04:14,100 --> 00:04:18,800 完成市場を民営化するとか何とか 56 00:04:18,860 --> 00:04:23,200 というな事はたくさん 選挙のも聞くことあるようにね 57 00:04:23,260 --> 00:04:29,530 こういうマーケットというものも 又権力の手が伸べない世界だと 58 00:04:29,600 --> 00:04:34,960 いうふうに考える考え方も 珍しくないわけであります 59 00:04:35,400 --> 00:04:39,500 いろんな形でこういう 強制的なものとしての権力から 60 00:04:39,560 --> 00:04:44,200 自由になりたいという願望を 人類は持ってきました 61 00:04:45,100 --> 00:04:49,800 古来もアジアにおいても ヨーロッパにおいてもですね 62 00:04:50,130 --> 00:04:54,630 その伝統は脈々として 続いているわけであります 63 00:04:56,060 --> 00:05:01,560 一番一つ他にどんなものがあるか 64 00:05:02,400 --> 00:05:05,460 それがマルビンソン・クルソン があるかもしれないけれども 65 00:05:05,560 --> 00:05:09,030 恐らく皆さんもいずれお話を 聞かれると思いますけれども 66 00:05:09,100 --> 00:05:12,030 例えばルソーの不平等起源論の世界 67 00:05:12,060 --> 00:05:17,860 つまり人間が完全に孤立 人として生活をしているような状態 68 00:05:18,530 --> 00:05:21,960 人のものと自分のものと区別も つかないような状態と 69 00:05:22,030 --> 00:05:24,460 あれも多分、そういう意味では 70 00:05:24,560 --> 00:05:29,000 権力はない状態だろうと いうふうに考えられる 71 00:05:29,060 --> 00:05:34,900 あるいは社会科の授業で聞いた 社会契約説出てくる 72 00:05:34,960 --> 00:05:39,460 その以前の段階の人間の姿という のもそういうものかもしれない 73 00:05:39,900 --> 00:05:44,460 いずれにしても この強制という要素を 74 00:05:44,860 --> 00:05:49,600 不可欠な要素としてもつ所の 権力というものに対して 75 00:05:49,660 --> 00:05:55,800 人類が長い間 警戒感と反発を示してきたわけ 76 00:05:56,660 --> 00:06:00,400 ですから、例えばこういう言い方 77 00:06:00,700 --> 00:06:03,300 政府は権力を行為する 78 00:06:03,660 --> 00:06:08,860 という物は権力というものから 自由の世界だと 79 00:06:09,330 --> 00:06:11,430 これは皆自由に行動してると 80 00:06:11,500 --> 00:06:13,060 本当かどうかは知りませんけどね 81 00:06:13,700 --> 00:06:17,130 それ程単純なもんではないと 私自身が思うんだけれども 82 00:06:17,330 --> 00:06:18,860 しかし例えばそういう考え方 83 00:06:18,900 --> 00:06:23,430 広がった考え方であったと 84 00:06:26,960 --> 00:06:31,200 こういう意味での 権力から自由になりたい 85 00:06:32,160 --> 00:06:34,930 いう自由の願望 86 00:06:35,300 --> 00:06:39,900 そして、そこからしばしば 反権力主義みたいなものがでてくる 87 00:06:39,960 --> 00:06:43,660 権力打倒することが 政治の一番重要なテーマだと 88 00:06:43,760 --> 00:06:46,660 いうような議論も 出てくるわけであります 89 00:06:46,800 --> 00:06:50,730 先程 その国家権力の基盤というのは 90 00:06:50,800 --> 00:06:58,330 資本主義的体制の支配服従関係の 現れてあるというふうに考えた 91 00:06:58,530 --> 00:07:02,100 マルクスとによれば それを取り除けば 92 00:07:02,460 --> 00:07:07,130 国家権力という物は無くなっていく というような考え方になります 93 00:07:07,200 --> 00:07:10,760 そういった考え方が いろいろこれまでもあったと 94 00:07:11,060 --> 00:07:16,730 ですから今皆さん方の周辺で比較的 ポピュラーなのは市場という物が 95 00:07:16,900 --> 00:07:22,800 正にその権力が作用しない領域 であるかのように言われていると 96 00:07:22,900 --> 00:07:25,860 代表ではないかと 私は思っております 97 00:07:26,060 --> 00:07:29,060 ただ、本当かどうか よく考えてみる必要がある 98 00:07:29,230 --> 00:07:32,130 ということであります、そして 99 00:07:32,260 --> 00:07:38,000 この場合の一つのクェスチョーン というものを考えてみましょう 100 00:07:38,900 --> 00:07:43,000 私はこの議論 このような権力のとらえ方には 101 00:07:43,460 --> 00:07:47,730 よく考えてみると いろいろ疑問があるですね 102 00:07:49,000 --> 00:07:54,560 本当に人をぎりぎりの所 AがBにXを行わせするために 103 00:07:54,630 --> 00:07:56,930 最終的にそれを 強制しないといかんと 104 00:07:57,000 --> 00:07:59,060 いうことであるとすれば 105 00:07:59,130 --> 00:08:03,860 人間同士、四六時中 油断も隙間もないような 106 00:08:03,930 --> 00:08:07,130 状態になるかもしれない いうことですね 107 00:08:07,200 --> 00:08:13,000 例えば、ある権力者とボディー ガードとの環境を考えてみると 108 00:08:13,130 --> 00:08:17,900 ボディーガード当然 権力者をまもるためのものだ 109 00:08:17,960 --> 00:08:20,760 というふうに権力者側が 思ってるかもしれない 110 00:08:21,260 --> 00:08:25,900 しかし、ボディーガードも 隙有らば自分が権力者なろう 111 00:08:25,960 --> 00:08:31,230 と思ってるかもしれない となれば、今度は 112 00:08:31,300 --> 00:08:35,600 ボディーガードをから自分を まもるためのボディーガードがです 113 00:08:35,660 --> 00:08:38,260 必要になってくる かもしれないですね 114 00:08:38,730 --> 00:08:40,060 その意味で言うと 115 00:08:40,830 --> 00:08:44,030 ぎりぎりで突き詰めて 116 00:08:44,330 --> 00:08:49,660 相互的な信頼関係が ゼロ水準の世界というものに 117 00:08:49,830 --> 00:08:52,730 至り得る可能性を もってるということになります 118 00:08:52,900 --> 00:08:56,660 それは果たして 我々の社会と認識にとって 119 00:08:56,660 --> 00:08:58,930 どれだけ説得性があるかというのが 120 00:08:59,030 --> 00:09:01,160 これ一大きな問題なろうと思います 121 00:09:05,000 --> 00:09:07,360 それだけではなくて 122 00:09:08,000 --> 00:09:14,430 この近代において もっと出てきた問題は 123 00:09:15,060 --> 00:09:20,100 先程私はAがBに対してXをするよう に意図してるということを言った 124 00:09:20,930 --> 00:09:22,830 意図は だんだん分からなくなってきた 125 00:09:22,900 --> 00:09:26,460 権力行使してると思ってる方が 良いとはっきりしなくなる 126 00:09:26,530 --> 00:09:29,860 つまり日常的 ルーティン的にいろんなこと 127 00:09:29,930 --> 00:09:32,800 AがBにやるように Xを行うようにやるのは 128 00:09:32,860 --> 00:09:35,200 当たり前だというふうになってる 129 00:09:35,300 --> 00:09:41,130 いうことになっていくとAは 意図してるという風にいわれても 130 00:09:41,160 --> 00:09:43,760 私は困る というような世界が出てくる 131 00:09:44,200 --> 00:09:47,730 というのは社会が非常に 一つのシステム化されてくると 132 00:09:50,060 --> 00:09:52,330 そういうふうあるのは当たり前 みたいになってくる 133 00:09:52,530 --> 00:09:56,060 特になんか影響力を行使されて 強制力を行使されて 134 00:09:56,130 --> 00:09:59,530 Xをしているというような 意識がBの側にもなくなるし 135 00:09:59,600 --> 00:10:02,260 Aの方もなくなると いうようなことは 136 00:10:02,360 --> 00:10:06,400 実はこうはんに出てきてん じゃないかということですね 137 00:10:06,430 --> 00:10:10,060 つまり、AとBがなんか 遠くから向かい合ってですね 138 00:10:10,100 --> 00:10:11,500 あなたがこれしなさい 139 00:10:11,560 --> 00:10:15,030 そして、そうやらないと とんでもないことになりますよと 140 00:10:15,060 --> 00:10:18,400 いうようなことをいってた事態 のモデルとしては 141 00:10:18,460 --> 00:10:24,130 先程のABの関係論は意味が あるような気がするけれども 142 00:10:24,260 --> 00:10:28,800 組織かなんかの中に入っちゃうと AとBとの関係というのは 143 00:10:28,900 --> 00:10:34,660 もっと無自覚的、それから ルーティン的な関係として 144 00:10:34,800 --> 00:10:39,560 現れてくるということも多くの人が 知ってしてきたところですね 145 00:10:39,560 --> 00:10:45,300 そうすると、権力というのは そんなにとらえやすいもんなのかな 146 00:10:45,360 --> 00:10:47,630 そんなにみえるもんなのかな 147 00:10:47,660 --> 00:10:50,600 あるいは あなたは権力を行使してるから 148 00:10:50,660 --> 00:10:54,860 責任を感じてるくれていったって 私はそういう意思は 149 00:10:54,860 --> 00:10:57,430 そういう意図はないで そんなこと言われたって 150 00:10:57,530 --> 00:11:00,560 私はこまりますよっていうような話 151 00:11:00,630 --> 00:11:04,260 これは例えば いろんな裁判とか何とかいう 152 00:11:04,260 --> 00:11:08,300 という話になっているときに 153 00:11:08,460 --> 00:11:11,800 意識がない あのことをやってるけれども 154 00:11:11,830 --> 00:11:15,530 それはなんか一つ 意図的に行ってるというような 155 00:11:29,030 --> 00:11:33,660 そういう意味で 権力を行使されてるということを 156 00:11:33,830 --> 00:11:35,730 あのモデルでとらえるには 157 00:11:35,800 --> 00:11:40,530 あれは大変 その個人主義的世界のモデルなんで 158 00:11:40,960 --> 00:11:46,530 もっと組織の中にAさんとBさんも 入ってる状況になってくると 159 00:11:46,830 --> 00:11:49,630 あのモデルでは なかなか権力というものは 160 00:11:49,930 --> 00:11:51,960 どうなってるかということについて 161 00:11:52,460 --> 00:11:56,100 満足でとらえられないじゃないかと いう議論が当然起こってきますね 162 00:11:56,230 --> 00:12:02,830 これも20世紀半ば以後ずっと 長い間言われてきた話で 163 00:12:04,030 --> 00:12:07,760 そして さらに言いますと、Bさん 164 00:12:07,830 --> 00:12:13,230 権力を行使されてると本当に 思ってるだろうかと云う事にもある 165 00:12:13,600 --> 00:12:20,200 もう、そのシステムとBさんの物の 考え方の殆ど重なってしまって 166 00:12:20,500 --> 00:12:23,160 そのシステムの中で 発達機能というもの 167 00:12:23,230 --> 00:12:25,330 役割というものと自分が 168 00:12:25,530 --> 00:12:29,130 自分の考え方、もう一人で 実施してしまうということになれば 169 00:12:29,460 --> 00:12:32,630 Bさんは果たして 権力を行使されてるんのか 170 00:12:34,030 --> 00:12:37,400 いや、権力を行使されてる自分が 非常に制限を受けて 171 00:12:37,860 --> 00:12:39,030 そういうことをやってんだ 172 00:12:39,100 --> 00:12:42,260 あるいは、自分が強制的 そういうことをやらされてるんだ 173 00:12:42,360 --> 00:12:46,600 という意識じゃなくて、いや 自分は非常に自由に振舞って 174 00:12:46,760 --> 00:12:48,600 自由にその機能を果たしてると 175 00:12:48,660 --> 00:12:51,730 いうことになる ということはないだろうが 176 00:12:52,100 --> 00:12:56,630 そこにちょっと書きましたように 自由は本当に存在するのかと 177 00:12:57,100 --> 00:12:59,030 自由って、本当に存在するのか 178 00:12:59,900 --> 00:13:04,000 あなた方々も自由はどういう 意味かはわからないけど 179 00:13:04,100 --> 00:13:07,130 自由ってあろうと思ってるに 違いない私は信じておりますが 180 00:13:07,430 --> 00:13:13,500 しかし、本当に自由って言う物は なんなんですかねっと 181 00:13:13,600 --> 00:13:15,360 あなたは自由なんですかね 182 00:13:15,460 --> 00:13:17,500 あなたにとって 自由とはなんですか 183 00:13:20,760 --> 00:13:22,660 昼飯をどこで食べるかという 184 00:13:22,700 --> 00:13:24,860 チョイスとしては 残ってるかもしれない 185 00:13:24,960 --> 00:13:28,260 他には何がありますかねとか いろいろ 186 00:13:28,330 --> 00:13:32,130 或はどの授業を受けるかのチョイス が残ってるかもしれないけど 187 00:13:32,760 --> 00:13:34,260 大したもんじゃないですかねとか 188 00:13:34,400 --> 00:13:35,960 いろいろな議論が可能だ 189 00:13:36,060 --> 00:13:40,900 それから、そもそも我々が 社会の物事認識すること自体 190 00:13:40,960 --> 00:13:42,660 認識の仕方そのものが 191 00:13:42,760 --> 00:13:45,630 実は誰かによって コントロールされてるんじゃないか 192 00:13:45,730 --> 00:13:48,100 或は、システムによって コントロールされてるんじゃない 193 00:13:48,930 --> 00:13:51,430 だから世の中 そう見えてくるからそういう風に 194 00:13:51,500 --> 00:13:53,930 自分もやってるにすぎないとなれば 195 00:13:54,130 --> 00:13:57,200 そもそも 物事認識する人間そのものも 196 00:13:57,360 --> 00:14:03,560 実はシステムによって支配されてる 197 00:14:03,600 --> 00:14:06,730 或は、人間の中まで そういう社会の秩序というもの 198 00:14:06,800 --> 00:14:08,860 或は 権力の構造が入り込んできてる 199 00:14:09,830 --> 00:14:17,560 となれば、自由なんでものは 本当はどこにもないかもしれない 200 00:14:18,330 --> 00:14:21,700 となれば、A対Bの関係図式は 201 00:14:22,560 --> 00:14:27,830 崩壊しちゃうことになりませんか ということですね 202 00:14:28,060 --> 00:14:34,300 実はこういう議論がずっと ここ何十年間にわたって 203 00:14:34,360 --> 00:14:36,230 問題として提起されてきたわけ 204 00:14:36,260 --> 00:14:39,860 これいろいろ、これから 勉強されるテーマだと思います 205 00:14:39,900 --> 00:14:41,660 ですから、AとBという形 206 00:14:41,700 --> 00:14:46,330 最初に私が示した図は 先程いいましたね 207 00:14:46,400 --> 00:14:52,200 非常に個人的、個人主義的モデルで もって、物事、権力の問題を 208 00:14:52,260 --> 00:14:54,530 考えてるという感じが するわけだけれども 209 00:14:54,760 --> 00:14:59,900 世の中が緊密に組織化され 制度化されていくという事になると 210 00:15:01,500 --> 00:15:04,660 あんな図式では とても考えられないと 211 00:15:04,760 --> 00:15:07,730 いう風なものの見方も出てくる 212 00:15:11,630 --> 00:15:20,160 又、例えばですね そこまで行かないにしても 213 00:15:20,930 --> 00:15:24,830 この権力と自由というのは なんか対極に 214 00:15:24,900 --> 00:15:28,160 立つような議論の様に見えたん だけど、実はこういう風に 215 00:15:28,260 --> 00:15:31,000 なってみると 自由と権力はわけが分からなく 216 00:15:31,100 --> 00:15:33,630 融合してるん じゃないだろうかという 217 00:15:33,700 --> 00:15:38,560 ある種の薄気味悪さと いうものも出てこないだろうかと 218 00:15:39,600 --> 00:15:43,660 自由対権力という緊張関係 そのものが意味を失うということ 219 00:15:43,760 --> 00:15:48,400 いなりはしないだろうか と言ったようなクエスチョンが 220 00:15:48,960 --> 00:15:52,430 例えば今から百年前 221 00:15:52,530 --> 00:15:55,030 2百年前はあまり議論が 出なかったけれども 222 00:15:55,960 --> 00:16:00,830 20世紀になると、あるいは21世紀 になると、我々はそういう議論にも 223 00:16:00,900 --> 00:16:03,330 たくさん お目にかかるようになってる 224 00:16:03,430 --> 00:16:09,930 それは言い方を変えれば、権力を フォースを軸に権力を考える 225 00:16:10,000 --> 00:16:16,360 というような考え方そのものが かなり昔風の考え方 226 00:16:16,360 --> 00:16:24,030 或は今の私達が本当に権力の 問題を考えると言う場合には 227 00:16:24,560 --> 00:16:29,530 かなり使える範囲に限れ 限界があるというような議論に 228 00:16:29,600 --> 00:16:31,730 なっていくだろうと 私は思っております 229 00:16:31,830 --> 00:16:35,800 しかし、いずれにせよ 実は権力の問題を追い詰めていくと 230 00:16:35,860 --> 00:16:40,060 自由の問題になるということ 大事な点なんですよ 231 00:16:40,130 --> 00:16:41,660 権力をつかまる為に自由の問題 232 00:16:41,730 --> 00:16:43,760 自由というものがないと 233 00:16:43,830 --> 00:16:48,560 逆に言えば 権力もつかまれられない 234 00:16:48,760 --> 00:16:51,760 とはこの二つの こういう風に重ねてしまうと 235 00:16:51,860 --> 00:16:54,430 自由もなくなるけども 236 00:16:54,530 --> 00:17:00,430 自由と権力鋸の二項対立的な発想 するものがそもそもどうなるかなと 237 00:17:00,530 --> 00:17:06,500 こういう話になっていく いう問題であります 238 00:17:07,760 --> 00:17:14,060 その意味で、このA対Bという を中心とした関係論 239 00:17:14,660 --> 00:17:23,030 いうものについては いろいろ異論や、その修正や 240 00:17:24,700 --> 00:17:28,700 不十分の点や そうしたものが指摘されてるという 241 00:17:28,760 --> 00:17:31,460 こういうことになります 242 00:17:33,260 --> 00:17:38,460 例えば、そのフーコーさん ミシェル・フーコーの議論なんかを 243 00:17:38,730 --> 00:17:41,830 そういう文脈で 引用する議論も 244 00:17:41,900 --> 00:17:45,560 沢山あるということだけ ここでは言っておきます